アーカイブ 「October, 2009」

自分の過ちを認める偉さについて

Thursday, October 15th, 2009

自分の過ちを認めることはつらい。しかし、過ちをつらく感じるということの中に、人間の立派さもあるんだ。

「王位を失った国王でなかったら、誰が、王位にいないことを悲しむものがあろう」 (パスカル)

正しい道義に従って行動する能力を備えたものでなければ、自分の過ちを思って、つらい涙を流したりしないのだ。

「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著

苦痛は正常にないことを僕らに教えてくれる

Thursday, October 15th, 2009

苦痛を感じ、それによってからだの故障を知るということは、からだが正常の状態にないということを、苦痛が僕たちに知らせてくれているということだ。

・・・

同時にまた、人間の体が本来どういう状態にあるのが本当か、そのこともはっきりと知る。

同じように、心に感じる苦しみやつらさは人間が人間として正常な状態にないことから生じて、そのことを僕たちに知らせてくれているものだ。そして僕たちは、その苦痛のおかげで、人間が本来どういうものであるべきかということを、しっかりと心に捕らえることができる。

人間が本来、人間同士調和して生きてゆくべきでないなら、どうして人間は自分たちの不調和を苦しいものと感じることができよう。

「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著

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お互いに好意を尽くし、それを喜びとする

Thursday, October 15th, 2009

君のお母さんは、君のために何かしても、その報酬を欲しがりはしないね。君のためにしているということが、そのままお母さんの喜びだ。君にしても、仲のいい友達何かしてあげられれば、それだけで、もう十分嬉しいじゃないか。

人間が人間同士、お互いに好意を尽くし、それを喜びとしているほど美しいことは他にありはしない。そして、それが本当に人間らしい人間関係だと、コペル君、君はそう思わないかしら。

「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著

当たり前のこと

Thursday, October 15th, 2009

・・・だからねぇ、コペル君。 当たり前のことというのが曲者なんだよ。分かりきったことのように考え、それで通っていることを、どこまでも追っかけて考えてゆくと、もう分かりきったことだなんて、言っていられないようなことにぶつかるんだね。

「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著

「当たり前」 と言うときは、十分に注意が必要である。
なぜなら、それは思考を停止したことを示すサインだからだ。

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つらい経験は必ず良い教訓を生む ~ 絶望してはいけない

Thursday, October 15th, 2009

「・・・ 潤一さん。大人になっても、ああ、なぜあの時、心に思ったとおりにしなかったんだろうと、残念な気持ちで思い返すことは、よくあるものなのよ。どんな人だって、しみじみ自分を振り返ってみたら、みんなそんな思い出を一つや二つもってるでしょう。大人になればなるほど、子供の頃よりは、もっと大きなことで、もっと取り返しがつかないことで、そういう思いをすることがあるものなの。お母さんなんか、なくなったお父様のこと、お亡くなりになるのなら、ああもしておけばよかった、こうもしておけばよかったと、そう思うことばかりよ。」

お母さんは編み物の手をとめて、コペル君と一緒に、障子のガラス越しに、水色に晴れた空を見ていましたが、気を取り直したように明るい顔にかえると、微笑みながら、また話し続けました。

「でもね、潤一さん。石段の思い出は、お母さんにとっては嫌な思い出じゃぁないの。そりゃあ、お母さんには、ああすればよかった、こうすればよかったって、あとから悔やむことがたくさんあるけど、でも、「あのときああして、ほんとによかった」 と思うことだって、ないわけじゃありません。それは損得から考えてそういうんじゃないんですよ。自分の心の中の温かい気持ちやきれいな気持ちを、そのまま行いに表して、あとから、ああよかったと思ったことが、それでも少しはあるってことなの。そうして、今になってそれを考えてみると、それはみんな、あの石段の思い出のおかげのように思われるんです。

ほんとにそうよ。あの石段の思い出がなかったら、お母さんは、自分の心の中の良いものやきれいなものを、今ほども生かしてくることができなかったでしょう。人間の一生のうちに出会う一つ一つの出来事が、みんな一回限りのもので、二度と繰り返すことはないのだということも、— だから、その時、その時に、自分の中のきれいな心をしっかりと生かしてゆかなければいけないのだということも、あの思い出がなかったら、ずっとあとまで、気がつかないでしまったかも知れないんです。

だから、お母さんは、あの石段のことでは、損をしていないと思うの。後悔はしたけれど、生きてゆくうえで肝心なことをひとつ覚えたんですもの。人の親切というものが、しみじみと感じられるようになったのも、やっぱり、それからでした。」

・・・

「潤一さんもね、いつかお母さんと同じようなことを経験し養いかと思うの。ひょっとしたら、お母さんよりも、もっともっとつらいことで後悔を味わうかもしれないと思うの。

でも、潤一さん。そんな事があっても、それは決して損にはならないのよ。そのことだけを考えれば、そりゃあ取り返しがつかないけれど、その後悔のおかげで、人間として肝心なことを心に染みとおるようにして知れば、その経験は無駄じゃぁないんです。それから後の生活が、そのおかげで前よりずっとしっかりした、深みのあるものになるんです。潤一さんが、それだけ人間として偉くなるんです。だから、どんなときにも、自分に絶望したりしてはいけないんですよ。そうして潤一さんが立ち直ってくれれば、その潤一さんの立派なことは、そう、誰かがきっと知ってくれます。

人間が知ってくれない場合でも、神様はちゃんと見ていてくださるでしょう。」

「君たちはどう生きるか」 吉野源三郎著

約束を守る

Thursday, October 15th, 2009

「そんな考え方をするのは、間違ってるぜ。君は、友達同士の固い約束を、破ってしまったんじゃないか。黒川のゲンコツが恐くて、とうとう北見君たちと一緒になれなかったんじゃないか。 そして、自分でも悪かったと思い、北見君たちが怒るのも仕方がないと言っている。それだのに、なぜ、そんなことをいうんだい。なぜ、男らしく、自分のしたことに対し、どこまでも責任を負おうとしないんだい。」

・・・

だからね、コペル君。ここは勇気を出さなけりゃいけないんだよ。どんなにつらいことでも、自分のしたことから生じた結果なら、男らしく耐え忍ぶ覚悟をしなくっちゃいけないんだよ。考えてごらん。君が今度やった失敗だって、そういう覚悟ができていなかったからだろう?いったん約束した以上、どんなことになっても、それを守るという勇気が欠けていたからだろう?」

「君たちはどう生きるか」 吉野 源三郎著

寛大さ

Thursday, October 15th, 2009

もし君にできるならば、(悪いことをした人間を) 改心させよ。もしできないのならば、かかる場合のためにこそ寛大というものが君に与えられているのだ、ということを思い出せ。

「自省録」 マルクス・アウレリウス

直ちにまず自問せよ

Thursday, October 15th, 2009

なんぴとに出くわそうとも、直ちにまず自問せよ。「この人間は善悪に関していかなる信念を持っているか」 と。もしその人が、快楽、苦痛、およびその双方を作り出すものについて、また名誉と不名誉、死と生について、これこれの信念を持っているならば、彼がこれこれのことをしても、私にはなんら驚くべきことにも不思議なことにも思われないであろう。そして私は、彼がかく行動せざるを得ないのだということを記憶するであろう。

「自省録」 マルクス・アウレリウス

人間嫌いの人たちが抱く感情を

Thursday, October 15th, 2009

人間嫌いの人たちが人間に対して抱くような感情を、君自身その人たちに対して絶対に抱かぬよう注意せよ。

「自省録」 マルクス・アウレリウス

人生の美しさ

Monday, October 12th, 2009

人生は美しい。私はそれを知って生きてゆきたい。ところが、この世には愚かなものが多すぎて、人生の美しさを知らず、花が爛漫と咲きにおっている下を歩きながら、何か金でも落っこっていないかと探して、ないので血眼になって、人生は醜いと言っている人が少なくないのではないですか。

「真理先生」 武者小路実篤