誠実と勉強でものになってみせる

October 16th, 2009

「・・・僕はどうかして本当の意味で、うまくなりたいと思っている。だが、僕はどうも才能がなさ過ぎるのだ。だが、誠実と勉強で、ものになって見せるつもりだが、なかなか難しい。しかしその難しいところが面白い。優しかったら、僕は画なんかかかない。難しいから、努力し甲斐があるのだ。何とかしてものになってやろうという所が、面白いところだよ。」

「真理先生」 武者小路実篤著

結局のところ今の自分の才能に嘆き悲しんでいても、人生は一度きり。僕らは今自分に備わっている能力で一生を過ごさなければならない。

才能とは、言い換えれば人の得意不得意というやつだ。

やってみて比較的少ない練習量でうまくコツをつかんで、上達する人もいれば、上達しない人もいる。その差がいわば才能の差だ。

自分は才能がないからやらない、やってもどうせ才能が無いから・・・、というのは何かの言い訳ですぐに言いたくなるわけだけれど、嘆こうが嘆くまいが、人の才能がよくなったり悪くなったりするわけでもない。

だから、結局のところ何をするにつけ、自分なりに頑張るしかないと腹をきめることが大切だ。

才能や年齢などは、嘆いたところで何もいいことがない要素だ。

やりたいなら才能がありそう、なさそうに関わらず、自分なりに工夫して頑張る。
やりたいなら年齢が何歳だろうと、自分なりに工夫して頑張る。

それしかないのだ。

才能、年齢、時間、金、運、生い立ち、世間体。

これらは、人が何かをやらないことを正当化するベスト7だ。

あなたが夢だった何かをやりたいのにやめたとき、このどれかに当てはまっているなら、もう一度良く考え直すべきだ。